研究開発ストーリー

研究開発ストーリー

酵素技術で
世界初の量産化を実現
多機能糖質「トレハロース」

多機能糖質「トレハロース」

トレハロースは自然界に存在する糖質の一種(二糖類)で、きのこ類や酵⺟など、私たちの⾝近な⾷品の中にも含まれています。保水作用をはじめとする数多くの機能を持つことで知られており、その未知なる⼒がさまざまな分野に応⽤できるのではと期待され、研究が盛んに⾏われてきました。ナガセヴィータは、独自の酵素技術を用いて、1994年に世界ではじめて量産化に成功しました。この技術革新による低価格化によって、それまで用途の限られていたトレハロースが、食品やパーソナルケア製品、医薬品などさまざまな分野で活用されるようになりました。

量産化が与えたインパクト

  • 技術革新

    酵素技術を用いた、でんぷんからのトレハロースの大量生産法を確立

  • 価格

    量産化により市場価格を従来の100分の1に大幅削減

  • 用途拡大

    食品・パーソナルケア製品・医薬品から、肥料・飼料・工業用途まで広がる

ナガセヴィータは、トレハロースのパイオニアとして、素材に関する知見を深めながら、さらなる用途開発に取り組んでいます。この記事では、トレハロース量産化の実現から、その可能性を広げつづける現在までの歩みをご紹介します。

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「トレハロース」とは

トレハロースは、きのこ類や酵母、豆類、海藻類など、私たちが日常的に口にする食品に含まれている糖質です。微生物や植物の生体内にも存在し、細胞保護などの働きがあることが知られています。

例えば、高温と乾燥が続く過酷な砂漠環境でも枯れずに生きる植物「イワヒバ」は、トレハロースの細胞保護作用が関与していると考えられています。

イワヒバの「復活現象」

  • 乾燥したイワヒバ
    乾燥したイワヒバ
  • 給水2時間後
    給水2時間後
  • 給水8時間後
    給水8時間後

トレハロースの特徴

  • 基本物性

    低甘味性: 甘味度は砂糖の38%で、すっきりとした上品な甘さが特徴です。

    安定性: 熱や酸に対して高い耐性を持ち、自然界の二糖類の中で最も安定な糖質といわれています。

  • 機能性

    食品加工において、でんぷんの老化抑制や保水効果をはじめとする優れた機能を発揮します。

  • 安全性

    食品/食品添加物としての安全性は、国際食品規格委員会(CODEX委員会)及び各国政府機関レベルで評価されています。

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トレハロース開発の背景

ナガセヴィータが貫いた糖質研究の姿勢

当社は、1883年の創業以来、一貫してでんぷんを原料にブドウ糖やマルトースなど、その時代の糖質業界において画期的な素材を提供してきました。しかし、1980年代以降、業界全体で新たに開発される糖質製品が少ない状況が続き、そろそろでんぷんからの糖質製品は出尽くしたのではないか、との思いが広がっていました。当社でも、当時は目立ったヒット商品を出せずにいました。

しかし、その状況下でも、研究所では、誰も見つけたことがない糖質関連酵素の発見を目指し、次なる収益の基盤を築くため、「でんぷんから新しい酵素で新しい糖をつくる」というテーマのもと、酵素スクリーニングが進められました。

※酵素スクリーニング:微生物などが産生する酵素を探索・選別するプロセス

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すべては土壌からはじまった

日本全国 2000種のサンプルから
未知の酵素を探して

ナガセヴィータのでんぷんを原料とする糖質製品の研究プロセスは、まず土壌中から有用な酵素を産生する「微生物」を探索することからはじまります。そして、その「酵素」をでんぷんに作用させ、どのような糖質を作っているかひたすら分析を繰り返すのです。

研究が進められた当時も、多くの社員の協力を得て日本全国から2000種以上に及ぶ、微生物の分離の元となる土壌サンプルが収集されました。研究員たちは、集まった土壌サンプルから微生物を一つ一つ分離し、丹念にどのような酵素を産生しているかを調べていました。

集められた土壌サンプルの一部
集められた土壌サンプルの一部

当時入社3年目だった丸田研究員も新たな酵素を見つけるため、スクリーニングに没頭していました。約3カ月間、目立った成果が得られない日々が続いていたある日、これまでに見たことがない酵素反応に遭遇します。この反応こそが、トレハロースを生成する酵素によるものでした。

酵素スクリーニングでは、「薄層クロマトグラフィー」という多検体を同時に処理できる分析手法を使って、反応生成物中に含まれる糖質の種類を分析しました。このとき検出されたトレハロースの反応(スポット)は、その他の反応生成物に比べ、ひときわ濃くはっきりと見えたといいます。

この酵素を生みだす微生物は、ナガセヴィータの創業地・岡山県の土壌から分離されたものでした。

トレハロース生成酵素を発見した丸田和彦
トレハロース生成酵素を発見した
丸田和彦
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常識を覆した、
若き研究員の発見

酵素の力で、でんぷんからトレハロース生成に成功

当時、トレハロースは結合エネルギーの観点から「でんぷんからは生成できない」というのが学会の常識でした。酵母菌体から抽出する方法や、微生物の代謝を利用して生成する発酵法は知られていたものの生産効率が悪く、工業化には至っていませんでした。

そのため、丸田研究員の発見に対して、同僚の研究員たちも「君が検出したトレハロースは、本当に新しい酵素によるものなのか?既知の発酵法による生成ではないのか?」と、最初は懐疑的な反応でした。それでも、丸田研究員は研究を重ね、酵素の発見から1カ月後、でんぷんから新たな酵素反応によってトレハロースが生成されていることを科学的に証明したのです。

この挑戦を支えたのは、上司からの「もう少し研究を続けてみたら?」という言葉でした。若手研究員の力を信じ、背中を押す風土が、ナガセヴィータの研究開発をさらに発展させています。

2つの酵素で高効率生成を実現

さらに研究を進めると、トレハロースの生成には2つの酵素が働いていることがわかりました。そして、この2つの酵素が「マルトオリゴシルトレハロース生成酵素」と「トレハロース遊離酵素」であることを明らかにし、この酵素が作用しあうことで、変換率80%という高収率での生成が可能であることも突き止めました。

微生物の酵素が、でんぷんから直接トレハロースを生成しているという発見は、画期的であり当時の業界に大きなインパクトを与えました。

集められた土壌サンプルの一部
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発見からわずか2年。全社一丸で乗り越えた量産化への壁

研究所で酵素反応よるトレハロースの生成技術が確立されたことを受け、生産現場からの技術者を加えた、量産化プロジェクトが始動します。

情報管理を徹底した体制で、特許申請のための追加データの取得や、トレハロースの物性調査・酵素産生菌の培養検討・糖化条件の検討などの生産を実現化するための試験検討が進められました。

製造ラインをつくるにあたり、既存の機械設備を活かせる工程もありましたが、トレハロースを生成する酵素はこれまで扱ってきたその他の酵素と異なり、菌体の内部に産生されるため、工場スケールへの移行には高く困難なハードルを越えなければならない場面もありました。しかし、プロジェクトのメンバーがそれぞれ培ってきた知識とノウハウを出しあい、酵素発見からわずか2年というスピードで量産化のめどが立ちました。

製品化後は、食品向けの用途開発拠点であるL’プラザを中心に、トレハロースの機能性を活かした用途開発が進められました。でんぷんの老化抑制、熱や酸への高い安定性、保水などの効果が明らかになり、徐々に和菓子や洋菓子、加工食品など食品分野でも幅広く使用されるようになりました。

2009年にはトレハロースの専用工場を竣工、2016年には工場の増築を行い、量産体制も強化していきました。

L’プラザではお客さまの課題解決に向けたさまざまな提案も行っています
L’プラザではお客さまの課題解決に向けたさまざまな提案も行っています
トレハロース製造工場「岡山機能糖質工場」(2025 年現在)
トレハロース製造工場「岡山機能糖質工場」(2025 年現在)

トレハロース開発に込められた想い

丸田研究員はプロジェクト当時を振り返り、上司からかけられた「これはいい仕事になるよ」という言葉が今でも忘れられないといいます。トレハロースの量産化は、ナガセヴィータが創業以来培ってきた糖質製造に関する知見と技術を集結させ、全社一丸となって向き合った挑戦でした。関わった社員にとって、当社創業の原点ともいえる“糖質への探究心”を体現するものとなりました。

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広がるトレハロースの用途

機能性を探求し価値を深化。介護食品、医薬品、農業、畜産へ。

2025年、トレハロースは発売から30年を迎えました。1997年から2024年にかけては、トレハロースシンポジウム(主催:ナガセヴィータ株式会社、後援:日本応用糖質科学会)なる学術イベントを年に1回開催し、多岐にわたる分野の研究成果が発表されてきました。

現在もナガセヴィータは、トレハロースの多様な機能性を探求し、食品やパーソナルケア製品、医薬品、農業、畜産、工業など幅広い分野での活用に向けたノウハウを蓄積しつづけています。

近年、トレハロースは「介護食品の物性改善」「医薬品の品質保持」「農作物のストレス耐性向上」など、新たな分野での活用が広がっています。当社は、今後も研究開発と製品の品質向上に努め、トレハロースの価値をさらに高めてまいります。そして、素材の力を通じて、人々の暮らしを支え、健やかで持続可能な社会の実現に貢献してまいります。

トレハロース製造工場「岡山機能糖質工場」(2025 年現在)