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PEDOT:PSSが切り拓く革新的な高機能材料の世界
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広島大学 大学院先進理工系科学研究科
准教授 今榮 一郎
研究概要
本研究では、PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸)を基盤とした導電性材料の特性と応用について検討しました。PEDOT:PSSは、その優れた導電性、透明性、および加工性から、次世代のフレキシブルエレクトロニクスやエネルギー変換材料として注目されています。しかしながら、PEDOT:PSSの導電性や機械的強度は、添加物や処理条件に大きく依存するため、適切な材料設計とプロセスの最適化が求められます。
本研究では、PEDOT:PSSに対してイオン性液体(IL)やカーボンナノチューブ(CNT)、金属酸化物などを添加・複合化することにより、柔軟性と透明性を兼ね備えた高強度導電膜、および熱電変換特性を有する高機能材料の開発に取り組みました。特に、簡便な水系プロセスを用いて自立膜を作製できる手法を確立し、成膜性や機械的加工性にも優れた複合材料を得ることができました。
これらの成果は、今後のフレキシブルデバイスや熱電変換デバイスの実用化に向けた重要な一歩となるものであり、さらなる材料の安定性向上やスケーラブルな製造技術の確立を通じて、持続可能なエネルギー・環境技術への応用が期待されます。
専門分野
有機エレクトロニクス、熱電変換材料、スマートウィンドウ、有機無機ハイブリッド
本文
有機導電体の歩みとPEDOT:PSSの展開
一般に、有機化合物は絶縁体であるというイメージがあります。その代表的な例が、電気コードの絶縁被覆として使用されるポリ塩化ビニルです。私たちが電気コードに触れても感電しないのは、このポリ塩化ビニルが電気を通さないためです。しかし、1950年という戦後間もない時期に、赤松先生と井口先生らによって、ビオラントロンやペリレンなどの縮合多環式π共役系化合物に臭素などのハロゲンを添加することで、有機化合物の電気伝導性が大幅に向上するという画期的な発見がありました。この現象は、π共役系化合物のπ電子の一部がハロゲンに移動する(酸化反応)ことで、分子内に正電荷(正孔)が生成され、その正孔が分子間を移動することで電気伝導が生じることによります。この発見により、π共役系化合物にドーピングを施すことで有機化合物でも電気を流せることが明らかになり、それ以来、有機導電体に関する研究が活発に進められてきました。
さらに、1970年代になると、白川先生によってフィルム状のポリ(アセチレン)が開発されたことで、「電気を通すプラスチック」として導電性高分子の研究が急速に広がりました。その結果、導電性高分子の知見は、スマートフォンや薄型テレビに使用されている有機エレクトロルミネッセンス(EL)ディスプレイの開発にも活かされました。また、近年ではペロブスカイト型太陽電池の発展によりやや注目度が低下しているものの、有機薄膜太陽電池も導電性高分子の研究を基盤としています。
この一連の導電性高分子の研究の中で、PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(スチレンスルホン酸))も開発されました。PEDOTは、対応するモノマーである3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOT)の化学酸化重合によって合成されますが、この方法で得られるPEDOTはEDOT分子が6~13個程度連なったオリゴマーであり、製膜性がありません。そこで、高分子量のPSSをドーパントとして用いることで、製膜性を付与することに成功しました。さらに、PSSは親水性を持つため、PEDOT:PSSは水中でも安定に分散する特性があり、現在では各種試薬メーカーから市販されています。たとえば、ナガセケムテックス株式会社は、コーティングに適した配合製品としてデナトロンを販売しています。PEDOT:PSSの水分散液が市販されたことで、環境負荷の低い水系での処理が可能となり、スピンコートやドロップキャスト法による均質な薄膜作製が容易になりました。そのため、有機エレクトロニクス分野における実用化研究が進んでいます。特に、有機合成を経ることなく有機導電性化合物を利用できるため、物理系の研究者は電気特性などの詳細な測定に、また生物系の研究者はバイオセンサーの電極材料として利用するなど、多方面で活用されています。
本コラムでは、私たちがPEDOT:PSSを用いて開発した高強度透明導電膜および熱電変換材料に関する研究成果を紹介します。
PEDOT:PSS薄膜の機械的強度向上:ゾルーゲル反応を活用したアプローチ
PEDOT:PSSは、その水分散液をスピンコートするだけで、ガラスやインジウムスズ酸化物 (ITO) 基板上に透明性の高い導電薄膜を形成できることから、透明電極材料や有機薄膜太陽電池の電荷輸送層として広く利用されています。さらに、酸化還元反応によって可逆的な色調変化を示すことに加え、近赤外光領域の光を吸収できるため、スマートウィンドウ色素や遮熱材料としての応用も注目されています。しかし、PEDOT:PSSは有機材料であり、ガラスやITOは無機材料であるため、いわば「水と油」の関係にあり、密着性に乏しく、軽く指で触れただけでも基板上のPEDOT:PSS薄膜が容易に剥離してしまいます。
そこで、私たちはPEDOT:PSS薄膜の機械的強度を向上させるため、簡便な合成手法を開発しました。この手法では、シリカ前駆体であるテトラエチルオルトシリケート (TEOS) の特有の反応性を活用し、ゾル-ゲル反応を利用します。ゾル-ゲル反応とは、TEOSのような多官能性金属酸化物前駆体と水を反応させ、酸または塩基を重合触媒として用いる脱水重縮合反応であり、反応の進行に伴って金属酸化物が生成します。
PEDOT:PSS水分散液は、水を媒体として含むとともに、PSSがスルホン酸ユニットを持つため酸性を示します。そのため、PEDOT:PSS水分散液に液体のTEOS原液を加えるだけでゾル-ゲル反応が進行し、大気中・室温で終夜攪拌することで、PEDOT:PSSを含むシリカゾルが得られます。この液をガラス基板などに塗布し、大気中100℃で30分間熱アニールすることで、硬度2Hの鉛筆で引っ掻いても損傷を受けない高強度透明導電膜を得ることができました。さらに、この膜と同様の手法を用いて、エレクトロクロミック活性物質をITO電極に塗布することで、電気化学的な酸化還元を数百回繰り返しても劣化しない高耐久性スマートウィンドウの開発にも成功しました。
簡便プロセスで実現する高性能有機熱電材料
有機熱電変換材料の詳細については岸先生のコラムをご参照いただくこととして、本コラムでは、私たちが取り組んできた有機熱電変換材料の研究の中から、特にPEDOT:PSSに関連する2つのトピックをご紹介します。
岸先生の研究では、PEDOT:PSSに界面活性剤を添加することで熱電変換特性が飛躍的に向上するという画期的な成果が報告されています。私たちはこれに対し、イオン性液体(IL)や単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)を添加することでPEDOT:PSSの特性向上を図る研究を進めています。
まず、イオン性液体(IL)を添加した場合について説明します。1-エチル-3-メチルイミダゾリウム テトラシアノボレート(EMIM:TCB)をPEDOT:PSS水分散液に添加し、一晩攪拌した後、この溶液をガラス基板上に塗布し、水で洗浄しました。その結果、PEDOT膜は基板から簡単に剥離し(本当に「ペロッ」と剥がれ)、そのままの形で水中に浮遊しました。この膜を水中から取り出し、濾紙上で乾燥させることで、自立性のあるPEDOT膜が得られました。得られた膜は、ハサミやカッターナイフで簡単に切断でき、柔軟性にも優れています。
この膜の特異な挙動を詳しく調べた結果、PEDOT:PSSのドーパントであるPSSと、ILのアニオン部TCBとの間でイオン交換が生じていることが分かりました。この反応により、PEDOTの対アニオン(ドーパントイオン)の一部がPSSからTCBに置き換わります。さらに、PSSのスルホン酸基のプロトンとILのカチオン部EMIMもイオン交換していることが確認されました。これらの結果から、膜の親水性が低下し、ガラス基板から剥離しやすくなるとともに、水中でも安定して存在できるようになったと考えられます。
また、この膜の電気伝導度は、ILを加えていないPEDOT:PSS膜と比較して約600倍に向上しました。一方で、ゼーベック係数や熱伝導度には大きな変化が見られず、その結果としてZT値も約500倍に向上しました。
続いて、SWCNTsを添加した場合について紹介します。市販のSWCNTs水分散液をPEDOT:PSS水分散液に混合し、ガラス基板上にドロップキャストして複合膜を作製し、その熱電変換特性を調査しました。当初は単純に混合しただけの膜でありながら、PEDOT:PSSやSWCNT単独の膜よりも特性が改善されましたが、得られた電力因子は30 μW/mK2と、それほど高い値ではありませんでした。この原因は、SWCNTsの分散に用いた界面活性剤が膜中に残留し、絶縁性成分として作用していたことにありました。
そこで、膜をジメチルスルホキシド(DMSO)に2分間浸漬して洗浄したところ、電気伝導度は500 S/cmから3800 S/cmへと、8倍近く向上しました。電子顕微鏡観察により、洗浄後の膜ではSWCNTs特有のバンドル構造が明確に確認されました。さらに、電気伝導度はSWCNTsとPEDOT:PSSの単なる加重平均ではなく、SWCNTsの重量割合が約75 wt%のときに最大値を示しました。透過型電子顕微鏡による原子マッピングの結果からは、SWCNTバンドルの隙間にPEDOT:PSSが局所的に堆積している様子が観察されました。これは、PEDOT:PSSの存在によってバンドル間の接触抵抗が低下し、電気伝導度が大きく向上したことを示唆しています。その結果、この複合膜の電力因子は最大で290 μW/mK2に達し、DMSO洗浄前に比べて約10倍の向上が見られ、ZT値も0.13と非常に高い値を示しました。
有機熱電変換材料は、排熱回収だけでなく、トリリオンセンサ社会(詳細は奥崎先生のコラムをご参照ください)を支える重要な技術としても注目されています。私たちの成果は、市販のILやSWCNTsを市販のPEDOT:PSS水分散液に混合し、水やDMSOで洗浄するというシンプルなプロセスで、優れた熱電変換性能を持つ材料を得られることを示しており、工業的にも極めて有用なアプローチであると考えています。
まとめと今後の展望
PEDOT:PSSは、その導電性、透明性、加工の容易さから、有機エレクトロニクス分野で非常に広範な応用が期待されています。特に、PEDOT:PSSを用いた高強度透明導電膜や熱電変換材料に関する研究は、今後の有機エレクトロニクス、バイオセンサー、スマートウィンドウ、熱電デバイスなどの分野での実用化に向けた大きな進展を見せています。私たちの研究でも、PEDOT:PSSの特性を最大限に活用するための新たな手法や材料の開発に挑戦しています。
今後は、さらに精密な材料設計を進めるとともに、PEDOT:PSSを他の高機能材料と組み合わせることで、新しい機能性を持つ材料の創出を目指します。特に、エネルギー変換や保存技術、環境浄化技術など、持続可能な社会の実現に貢献できる応用分野において、PEDOT:PSSはますます重要な役割を果たすと確信しています。
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