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導電性高分子PEDOT:PSSがIoT社会を加速する
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山梨大学大学院 総合研究部
教授 奥崎 秀典
研究概要
安価で軽量、柔軟なフレキシブルエレクトロニクスに端を発する有機エレクトロニクスは、印刷可能なプリンテッドエレクトロニクス、伸縮性を有するストレッチャブルエレクトロニクスを経て、現在は装着可能なウェアラブルエレクトロニクスへと進化し、IoT(モノのインターネット)への応用が期待されています。ここで重要なのは、導電性が高く柔軟で印刷可能な電極材料であり、最も成功した導電性高分子といわれるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(4-スチレンスルホン酸)(PEDOT:PSS)が注目されています。PEDOT:PSSを電極に用いたソフトロボットやフレキシブルセンサ等、有機エレクトロニクスの基礎から応用まで幅広い研究を行っています。
専門分野
導電性高分子、有機エレクトロニクス、ソフトロボット、フレキシブルセンサ
有機エレクトロニクスが拓くIoT社会
インターネットを通じてヒトとモノ、モノとモノがつながるシステムである「モノのインターネット(IoT)」が注目されています。例えば、心拍センサを用いたヘルスモニタリング、スマホやスマートウォッチを用いた家電のリモートコントロール、靴底センサを用いた歩行センシング等があり、これらをネットワークに接続することで安全・安心な社会の実現を目指しています。IoT社会の実現には人体に装着可能なウェアラブルエレクトロニクス技術が不可欠であり、そのカギを握るのは有機エレクトロニクスです。中でも、ソフトロボットやフレキシブルセンサはヒューマンマシンインターフェースに不可欠であり、ハプティクス技術はスマートフォンやゲーム機、バーチャルリアリティ等の触覚フィードバックとして注目されています[1,2]。
導電性高分子PEDOT:PSSでつくる有機エレクトロニクス
有機エレクトロニクスにおいて重要なのは、導電性が高く柔軟で印刷可能な電極材料です。ポリ(4-スチレンスルホン酸)をドープしたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT:PSS)はコロイド分散型の導電性高分子であり(図1A)[3]、ソフトロボットやフレキシブルセンサの電極として使用できます。例えば、イオン液体(室温で液体状態の塩)を柔らかく伸縮性を示す高分子に含ませた「イオンゲル」の両面に、導電性高分子PEDOT:PSSのフィルムを貼り合わせるだけで、ソフトロボットが作製できます(図1B)[4]。2 Vの直流電圧を印加するとイオンゲル中のイオン液体が分極することで電気二重層を形成し、プラス極側に屈曲します(図1C)。また、スピンコート法やスプレー法、インクジェット法等でPEDOT:PSSをイオンゲル表面に薄く塗布しても同様の応答を示すことから、半透明なソフトロボットの作製も可能です(図1D)。モーターやエンジン、油圧ポンプ等、従来の機械システムが部品間の相対的な位置変化で駆動するのに対し、ソフトロボットは分子レベルのミクロな構造変化を集積してマクロな変形や体積変化を引き起こすことから、マイクロ・ナノマシンへの応用が期待できます。現在、マイクロポンプや能動カテーテル、ガイドワイヤー(医療)の他、フレキシブル点字ディスプレイ(福祉)やパワーアシストスーツ(介護)等への応用も検討されています[1,2]。
IoT社会を支える一兆個のセンサ
一般に、フレキシブルセンサは静電容量型と抵抗型に分けられます。静電容量型センサは安価で軽量、薄膜化も容易ですが、動きの方向を検出するモーションセンサには不向きです。一方、抵抗型センサは構造が単純で作製も容易ですが、常に電流を流す必要があることから消費電力が大きいという欠点があります。実際、年間で一兆個のセンサが生産される「トリリオンセンサ」社会を迎え、電力供給は深刻な問題となっています。そこで、電力供給が不要な「無電源センサ」に着目しました。例えば、圧電性高分子を用いたピエゾセンサや、摩擦帯電による環境発電に関する研究が注目を集めています。しかし、電圧発生は瞬間的で、身体の動きのようなゆっくりとした動作の測定には不向きでした。
ソフトロボットはセンサにもなる?
導電性高分子PEDOT:PSSとイオンゲルからなるソフトロボットは、逆に曲げるだけで数ミリボルトの電圧を発生することから、フレキシブルセンサとしても使用可能です[5]。電圧発生のメカニズムは「ピエゾイオン効果」と呼ばれ、一般的な圧電現象とは全く異なります。プラスイオンとマイナスイオンの動きやすさに差があり、ゲルを曲げるとイオンの分布が偏る(分極する)ことで電圧が発生すると考えられています(図2A)。金属電極等に比べ導電性高分子PEDOT:PSSは柔軟性に優れ、センサの大変形が可能であるだけでなく、高い電圧を発生することがわかりました。
ピエゾイオン効果を用いたフレキシブルセンサは、イオンの移動による分極を直接電圧として出力するため、電源や増幅器は不要です。興味深いことに、イオンゲルを曲げたときの発生電圧が屈曲変位に比例するだけでなく、屈曲速度が電荷に比例して増加することから、変位と速度を同時に検出可能な多機能センサであることがわかりました(図2B)。一つのセンサで複数の情報が得られるため、センサの数を減らすことができます。また、印刷によるフレキシブルセンサの大面積化も可能であり、モーションセンサとして、バーチャルリアリティやゲーム、ヘルスケア、自動車、航空・宇宙、ロボット等、様々な分野での応用が期待できます。このように、導電性高分子PEDOT:PSSを用いたソフトロボットやフレキシブルセンサは、安全・安心なIoT社会を加速するキーテクノロジーと言えます。